日々を紡ぐ

台湾の靴下工場と生産管理担当者|工場が閉鎖したときに生まれた信頼関係

中国や台湾の工場とやりとりをする際、多くの場合、その窓口になるのは生産管理担当者です。中国語では「跟單員」(げんたんいん)と呼ばれます。

私たちの会社は、私と台湾人の同僚の二人で仕事をしています。その同僚は、もともと靴下工場で生産管理を担当していました。

工場が閉鎖するまで

彼女とやりとりをするようになったのは、前職のファンシー雑貨メーカーに勤めているとき、台湾で靴下工場を探したのがきっかけでした。

サンプル、納期、生産に関するトラブルに至るまで、やりとりのほとんどは彼女との間で行われました。

台湾の工場にを訪問するときは、直接社長と話をするスタイルでした。

工場と付き合うようになって11年目、その工場は閉鎖しました。それまでの間、彼女に直接会った回数は数えるほどしかありませんでした。

日々の業務でやりとりは重ねていましたが、あくまでも会社同士の付き合いでしたので、本音を言い合うような関係ではありませんでした。

本当の意味での信頼関係ができたのは、工場が閉鎖するときだったと思います。

普段は台北に住んでいるのですが、工場の閉鎖が決まると、現地に常駐するようになりました。

工場が閉鎖するまでに、すでにオーダーを入れている靴下を全てを出荷する必要がありました。

もし出荷を待たずして工場が解散してしまえば、すべてゼロからやり直しになります。多くの顧客の売上が上がるタイミングでもあったため、売り場に長期間商品がなくなるのは、大きな打撃になります。

彼女が工場に張り付き、短期間ですべての貨物を出荷しました。品質も問題がありませんでした。

社長と再会

工場が閉鎖して2年後、同僚と社長と私の3人で食事をする時間を持つことができました。

それ以来、台湾へ訪問するたびに社長に会っています。

前回は台北の鼎泰豊で食事をしました。入店まで2時間も待ちましたが、お店の周りをぶらぶらしながら、近況を報告したり、悩みを聞いてもらったりしました。

こうした時間を過ごすことができたのは、同僚のおかげです。

もし工場が閉鎖するときに、撤退がうまくいかなければ、弊社の経営も大きく傾いていた可能性があります。

もし靴下をやめていたら、台湾を再び訪れることもなかったかもしれません。

生産管理担当者との関係を重視する

工場の生産管理担当者と密にコミュニケーションを取ることで、現場の状況を把握することができます。

当時も、

「編み機が運び出されている」

「工員への給料が支払われていないから前倒しで送金してほしい」

などの、情報が入ってきました。

もし同僚がいなければ、給料未払いで工員がいなくなり、弊社の貨物は出荷されないまま工場が閉鎖することも起こり得ました。

経営者との関係を築くことも、もちろん大切です。しかし結果として、現場にいる生産管理担当者とのコミュニケーションに救われる形になりました。

今は同僚と二人で仕事をしていますが、あの数ヶ月の出来事は、これからも忘れることはないと思います。

編集後記

3/11(水)

15:00 歯医者。18:00 保育園お迎え。予定を組んだのは自分なのだが、時間が細切れになってしまった。午後どう仕事をしてよいか一瞬わからなくなり、ChatGptに助言を求めた。近場の図書館でヘッドホンをつけてがっつり集中。歯医者のあとまた図書館へ戻った。最近台湾で新しい工場の開発に着手している。同僚は小ロットの案件はあまりやりたくなさそうだ。それでも対応はしてくれている。冷静に考えると、同僚がいた工場の最低生産数量は1200足だった。300足を受けてもらえるようになるまで4年くらいかかったことを思い出した。